ショパンやシューマンなどのロマン派の作品を弾いていて、「もっとルバートをかけて」と言われたことはありませんか。けれど、どこでどのくらい揺らせばいいのかは、なかなか分かりにくいものです。
レッスンでよく出会うつまずきは、二つあります。一つは、時間をとったあと、元のテンポに戻れなくなること。もう一つは、どこでも毎回同じように揺らしてしまうことです。
前回は、リズムの正確さを表現の土台として考えました。今回は、その土台の上で時間を自由に使う「ルバート」についてお話しします。
伸びたら、縮む
留学時代の師ジャック・ルヴィエは、ルバートについて「ゴムと同じで、伸びたら縮むんだよ」と言っていました。
ゴムは、引っ張れば伸び、手を離せば元に戻ります。ルバートも同じで、引き延ばした分は、そのあとどこかで取り戻します。私もレッスンでは「引き延ばされたものは戻る」と伝えています。
戻ることを忘れると、時間をとるたびにテンポが少しずつ遅くなり、曲全体の流れが崩れてしまいます。元のテンポに戻れないというつまずきは、ここから生まれます。
ルヴィエの師でもあったジャン・ファシナは『若いピアニストへの手紙』の中で、ルバートをピアノ演奏で最もデリケートな問題の一つに挙げ、こう書いています。
「ルバートにおいては束の間、リズムが自由になるが、その自由は、制御付きの自由である。」 (ジャン・ファシナ『若いピアニストへの手紙』江原郊子・栗原詩子訳、音楽之友社、52頁)
弾く人が拍の骨組みをつかんでいるからこそ、時間を伸び縮みさせることができます。骨組みがあいまいなまま揺らすと、ルバートではなく、ただテンポが崩れているように聴こえてしまいます。
毎回同じように揺らすと、予定調和に聴こえる
もう一つのつまずきが、どこでも同じように揺らしてしまうことです。
フレーズの終わりが来るたびに、同じだけ遅くなる。同じ形の音型が出てくるたびに、同じところで時間をとる。そうするとルバートは癖になり、どこも同じ表情になってしまいます。聴いている人には、次にどう揺れるかが分かってしまう。予定調和に聴こえるのです。
ルバートで大切なのは、即興性があるように聴かせることです。もちろん、本当に気分で揺らしているわけではありません。どこで、どれだけ時間をとるかは、考えて決めています。それでも聴いている人には、その場で自然に生まれたように聴こえる。そこに、ルバートの面白さがあると私は思っています。
『若いピアニストへの手紙』にも、ルバートは完全にコントロールされていながら同時に即興的な感じを与えなければならない、とあります。
どこで時間をとるか
時間をとる場所の目安は、長い音、そしてフレーズの始まりや終わりです。
本では、シューマンの《トロイメライ》を例に、長い音によるルバートが説明されています。長い音を少し引き延ばすと緊張がほどけ、次の短い音を静かに弾き出す余裕が生まれる、というものです。あるときは急ぎあるときは止まる、というような揺らし方は避けるように、とも書かれています。
フレーズの始まりと終わりの見つけ方は、以前の「フレーズの終わりまで考えて」の回でお話ししました。フレーズの形が見えていれば、どこで時間をとればよいかも見えてきます。
伴奏は揺れない
ここまでは、どこで時間をとるかの話でした。では、旋律が揺れているあいだ、伴奏はどうすればよいのでしょうか。
本ではショパンの《夜想曲第1番》を例に、右手の旋律が揺れても左手は規則的に進むと説明されています。ただし、メトロノームのように機械的に刻むわけではありません。同じところでは、ショパンのメロディーを、大きな波の上でゆれる小舟にたとえたリストの言葉も紹介されています。
波が打ち寄せれば船は動きますが、船首と船尾の距離が変わることはありません。旋律が揺れても、全体の骨組みは崩れない。伴奏がつまずいてはいけないのは、そのためです。
レッスンでも、基本的に左手は揺らさないように伝えています。ただ、オクターブを超えるような大きな跳躍があるときは、音程の幅に応じて多少の伸び縮みが生まれます。
響きを聴いて、待つ
ファシナは、ルバートはまずリズムの問題だが、それ以上に響きの問題だ、とも書いています。
これは、私自身も強く実感していることです。ルバートで時間をとるとき、使っているのは空間の響きです。音が部屋に広がり、少しずつ消えていく。その響きを聴きながら、どれだけ待てるかを決めています。
以前の「まだ鳴っていない音を聴く」の回で、部屋に広がる響きを聴くことについて書きました。ルバートも、その聴き方の上に成り立っています。
まず、リズムどおりに弾く
では、
まず、リズムどおりに弾けるようにします。そのうえで、どこで、どのようにルバートするかを決めていきます。
正確に弾けていない段階で揺らそうとすると、揺らしているのか崩れているのか自分でも分からなくなってしまいます。正確に弾けるからこそ、どこを延ばしどこで戻ったのかが自分の耳で分かるのです。前回お話ししたリズムの正確さは、ここで生きてきます。
柔軟に、ぐらつかずに
ファシナは、ルバートについての説明を、次の言葉で締めくくっています。
「ルバートとは、演奏者が柔軟に、かつ、ぐらつくことなく全体を進行させていくことである。」 (同書、55頁)
伸びたら、
次にルバートをかけるときは、引き延ばした時間をどこで取り戻しているかを聴いてみてください。戻る場所が分かっていれば、その揺れは崩れではなく、音楽の呼吸として聴こえてきます。
本八幡でピアノレッスンをお探しの方へ
「ルバートをかけると、テンポが戻らなくなる」「揺らし方がいつも同じになってしまう」。そんな悩みがあれば、レッスンでご相談ください。
ストライプミュージックスクールでは、いま取り組んでいる曲を題材にまずリズムを整え、そのうえでどこでどのように時間をとるかを一緒に考えます。響きを聴きながら、自然に聴こえるルバートを探していきましょう。
本八幡駅から徒歩1分。レッスンの詳細や体験のお申し込みは、ストライプミュージックスクール公式サイトの「大人のピアノレッスン」ページをご覧ください。
