身体の都合で、音楽の流れを決めない

技術が追いついていないから仕方ない。難しいパッセージでテンポが落ちたとき、そう思っていませんか。

楽譜にないルバートがいつの間にかかかる。跳躍の前で必要以上に時間をかける。指を動かすことで手一杯になり音を追うだけになる。これらは技術の問題に見えますが、実は身体の都合に合わせて音楽の形を変えてしまっている状態です。

前回のルバートの回では、時間を気分で揺らさないことを考えました。今回は身体の都合でも音楽を変えないというお話です。

知らないうちに、音楽が変わっている

テンポが落ちるのも楽譜にないルバートがかかるのも、跳躍に時間をかけすぎるのも音を追うだけになるのも、理由は同じです。時間や表情を決めているのが音楽ではなく身体の都合になっているのです。

これは経験を積んだ奏者でもよく起こります。弾いている本人が気づかないうちに起きているからです。

ジャン・ファシナは『若いピアニストへの手紙』の中でこんな例を挙げています。上がっていく、あるいは下がっていくパッセージの途中に逆向きの音程が出てくることがあります。そのとき手はパッセージの進む方向に傾きがちで、逆向きの音が弱くなってしまう。時間だけでなく音量でも、手のくせが音楽を変えてしまうのです。

けれどもあるべき音楽の姿を考えれば、身体の都合で変えてよい理由はありません。

先にあるのは、音楽

ファシナは、テクニックを音楽から切り離して筋肉を鍛えても手にまつわる問題は解決しないと書いています。そしてこう続けます。

「すばやい発音、強弱あるいはレガートといったものを練習する場合も、はじめに音楽的要請があってそのために筋肉の訓練をする、というのでなければおかしい。」 (ジャン・ファシナ『若いピアニストへの手紙』江原郊子・栗原詩子訳、音楽之友社、91頁)

速く達者に弾ければそれで芸術的な演奏になるわけではない。演奏者は「伝えたいこと」を持っていなければならないとも書かれています。

順番が逆になると、弾きにくい箇所の音楽は身体が弾ける形に合わせて作られてしまいます。

あるべき姿は、楽譜から決まる

では音楽のあるべき姿は何から決まるのでしょうか。

留学時代の師ジャック・ルヴィエがいちばん繰り返していたのは、楽譜が大事だということでした。

楽譜を開いたらまず大まかな構造を見ます。様式、楽曲の構成、調性の移り変わり、クライマックスの位置。曲の大まかな道はその構造から自ずと決まってきます。これはどの曲にも言えることです。

道が決まっていれば、弾きにくい箇所がどういう場所なのかも分かります。フレーズの頂点へ向かっている途中なのか、終わりに向かって収まっていくところなのか。和声が緊張しているのか、解決したところなのか。テンポを落としたり時間をかけたりしてよいかどうかも楽譜から判断できるのです。

フレーズの頂点と終わりについては「フレーズの終わりまで考えて」の回で、書かれた時間を守ることについてはリズムの回でお話ししました。

身体の使い方は、その音楽に合わせて探す

音楽の姿が決まったら、次にそれを実現する身体の使い方を探します。この順番が逆にならないようにします。

レッスンで確かめるのはまず腕の動きです。肩甲骨から腕全体が動いているか。動きのどこかで無理に力んでいないか。次の音へ重心がスムーズに移っているか。身体の使い方については「指だけで弾かない」の回もご覧ください。

決め手になるのは耳です。響きがどう残り次の音へどうつながっているかを聴きながら、身体の使い方を変えていきます。

指遣いも同じです。求められる表現のためなら、楽譜の指遣いを変えることはむしろ望ましいと考えています。ただし学習段階の練習曲などは別です。

ゆっくり弾くのは、頭の練習

難しい箇所をゆっくり練習することがあります。

レッスンでゆっくり弾いてもらうのはたいてい、その箇所がフレーズのどこにあたり旋律がどこへ向かい和声がどう動いているのかを、まだつかめていないときです。どちらかというと指よりも頭の訓練です。

ファシナも、ゆっくりとしたテンポで完全に分析してこそ速いテンポを身につけることができると書いています。

ゆっくり弾きながら、そこで何が起こっているのかを確かめる。手を慣らすためだけに遅く弾くのではありません。

弾く前に、歌って確かめる

弾きにくい箇所に来たら、弾く前にその部分が音楽のどこへ向かっているのかを楽譜で確かめてみてください。そして声に出して歌ってみてください。

歌えた形がその箇所のあるべき音楽の姿です。身体の使い方はその形に合わせて探していけばいいのです。

本八幡でピアノレッスンをお探しの方へ

「難しいパッセージになるとテンポが落ちてしまう」「指を動かすので手一杯で音を追うだけになってしまう」。そんな悩みがあればレッスンでご相談ください。

ストライプミュージックスクールでは、いま取り組んでいる曲の楽譜を一緒に読み、弾きにくい箇所がどういう場所なのかを確かめてから腕の動きや指遣いを考えます。弾いたり歌ったりしながら、身体の都合ではなく音楽に合わせた弾き方を探していきましょう。

本八幡駅から徒歩1分。レッスンの詳細や体験のお申し込みは、ストライプミュージックスクール公式サイトの「大人のピアノレッスン」ページをご覧ください。

石川武蔵
石川 武蔵

ピアニスト。パリ国立高等音楽院ピアノ科修士課程を首席で修了。ストライプミュージックスクール代表として、大人レッスンと音高・音大受験を担当。

目次
  1. 知らないうちに、音楽が変わっている
  2. 先にあるのは、音楽
  3. あるべき姿は、楽譜から決まる
  4. 身体の使い方は、その音楽に合わせて探す
  5. ゆっくり弾くのは、頭の練習
  6. 弾く前に、歌って確かめる
  7. 本八幡でピアノレッスンをお探しの方へ